2011年9月21日水曜日

父への詫び状

向田邦子のぱくりのようなタイトルになってしまうが、今日のブログは、タイトルが先に浮かんだ。自己満足だけど、結構気に入っている。

さて、本論であるが、仕事がようやく一段落して、遅めの昼食をとっていた時のこと。
ガラス窓を通して通りを眺めていると、作業服姿の初老の男性が軽トラックから荷物をおろし、台車に載せている姿が目に入った。

重そうだなあ・・・と思ったとき、歩道との段差に車輪がはさまってしまった台車から荷物が崩れ落ちた。やや足を引きずるようにして荷物を積みなおしている姿に、私は思わず、「気の毒・・・」とつぶやいた。



向かいに座ってパスタを食べていた青年社員は、振り返ってそれに目をやり、「気の毒なことないですよ。僕だっていつか、爺さんになって、みんなそうやって生きていくんですから」と言った。私は、「そうだね」と、黙ってごはんを食べた。

まだ小学生の頃、父と弟と3人で釣りに出かけた帰り道、前から白い犬がよたよたと歩いてきたことがあった。車にでも轢かれたのか、足が一本なくなっている。父は、「可愛そうに・・・」とつぶやいた。その時、子供の私は、「じゃあ、お父ちゃんは、あの犬を飼ってやる気があるの?」と言ったのだ。

父は、がんの手術後の回復が悪く64歳でこの世を去ったが、大量の随筆や日記、俳句帳などを残していた。母は何年もかけてそれを整理し、遺稿集にまとめた。完成した本が届いた日に、「これはあなたたちのために選んだものを載せているのよ」と私と弟にそれを手渡してくれた。

父の随筆には、初めての子供であった私の誕生からの成長が、たくさん書かれていた。ある出来事を境に父と疎遠になっていた私は、その愛情にあふれる父の心と、青年のようなみずみずしい感性に、涙が流れた。ほぼ毎日、夕食を終えると机に向かって、一心にペンをとっていた父の背中を思い出した。

涙を拭きながらページをめくっていると、3本足の白い犬と出会った日のことが書かれており、「長女の口調は、飼ってやるくらいのつもりがあるのでなければ、軽々しく、かわいそうだなどと言うものではない、と言っているようであった。」と締めくくられていた。

子供の私は、人の痛みもつらさも、そんないろいろをかかえて生きていくということがいかなることかも、何も知らなかった。ましてや、優しさとは何かということも。若いということは、時に残酷でもあるということも。

最近になって、私は、自分の感性や性格が、父に酷似していることを感じることが多い。もしも父が生きていたら、あの日のことを話してみたい・・・。いや、手紙かな。今なら、わかるよ、父さんの気持ち。ようやく台車を歩道にのせて、背筋を伸ばすようにして腰に手をやる男性を見つめながら、そんなことを思い、心の中で、「お爺さん、がんばって」と、つぶやいた。

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